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日本のイノベーションセンターとしての関西のポテンシャル

漸く、先日の助成金の応募がひと段落したので久しぶりに投稿したい。実は、先月、Nature, Inc.の日本法人が京都に誕生した。その名も、Nature Japan株式会社。どうして京都なのか?

東京への人口集中問題
僕は、就職して初めて東京に住んだのだが、6年間の生活を経て感じたのが、とにかく東京には人が多すぎて人との物理的距離感がおかしくなっていて、それが理由で不快な思いをすることが日常茶飯事となっていること。最悪なのは、満員電車で明らかにスペースがないところにでも、人を押しのけて入る。これが東京では普通なことに最初は驚いたし、6年経ってもこれには慣れなかった。僕は、田舎の島で幼少期を過ごしているから特にそう感じたのかもしれない。

でも、この根本的な問題は、結局企業が東京に集中し過ぎていることにある。企業が集中しているので、そこに人が住むし、それを支える行政組織も必要になってくる。資本主義や市場原理に委ねて都市設計を計画的にしてこなかった結果が今の東京の実態なのではないか。そんな問題意識を僕は常に感じていたので、自分の会社は東京以外の都市に作ると決めていた。

グローバル企業の日本拠点
僕は、Natureという会社はまだ何者でもない会社であるが、この会社をグローバル企業にするという事にはとことんこだわりたいと思っているし、そのために必要なことはすべてやりたいと思っている。Natureがグローバル企業になるという前提で考えると、日本拠点はやはり外国人が来て日本の良さを知ってもらうのに最高の場所というのも1つの場所の選び方だと思う。その結果、日本の古都である京都を選んだ。これをきっかけに少しでも地域の活性化の一助となればと思う。

日本のイノベーションセンターとしての関西のポテンシャル
僕は、最近感じているのだが、関西には日本のイノベーションセンターになるポテンシャルがあると思う。これは、あくまで僕の仮説なのだが、関西にはとんでもないものを許容する文化があるように思う。例えば、関西人は、おもしろいからえーやないか?!という軽いノリで突拍子もないことを受け入れてしまう、そういう寛大さを大切にしているところがある。関西という地域が、日本で活躍するお笑い芸人を量産しているのもそういう価値観がお笑い芸人を育てやすいのかもしれない。

僕は、関西で活動するのはこれからなのでまだまだ他にもたくさんあると思うが、関西には日本のイノベーションセンターになるポテンシャルがあると感じた具体的な事例を紹介したい。

まずは、結局住民投票でおしくも成立しなかったが、大阪都構想。僕は、あまり事の経緯を細かく追ってはいなかったが、これまでこれだけ長期間において大阪市として存在してきたものをここに来て大阪を都にして統治機構改革を起こすというのは相当斬新な発想だと遠くから話を聞いていた。僅かの投票差で可決はされなかったが、これをきっかけとした更なる改革に期待したい。

大阪都構想


次に、大阪大学の飛び級制度。ボストンであった大阪大学出身の知人から聞いた話だが、大阪大学では大学院の3年生に大学院試験を受験させて、大学4年生を経ずして修士課程に編入される仕組みを導入しているらしい。この仕組みで飛び級する学生が相当数(確か、1/4程度だったとうっすら記憶)いるというのが驚きだ。ただ、大学4年生を経ていないので修士課程を終わらせなければ高卒になってしまうらしいが・・・。

Nature Japanでも、次なる関西初のイノベーションをドライブして行きたい。
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僕は、昔から夢(寝ているときに見る夢)を見ることが大好きだった。現実世界とは完全に切り離された世界に自分を無意識に存在させることが出来る、その創造性と非現実性に魅力を感じるせいかもしれない。あまりに好きだったので、高校生の頃、夢の本を好んで読んでいた時期がある。その頃は、フロイトの夢判断を読んで、「夢とは願望充足のためのもの」という解釈のもと、同級生の夢の話を片っ端から聞いては夢診断をしていたことが懐かしい(ちょっと迷惑な高校生?!)。僕は、その頃から、夢にはある種の精神安定剤としての機能があると思っている。

夢判断


どうして急に夢の話になったかというと、さっきまでうたた寝(まだ、時差ぼけが抜けきれておらず・・・)をしていて久しぶりに示唆に富んだ夢に遭遇したからだ。これがまた不思議な感じでBleachという日本の漫画と自分の現実世界が融合したような世界の中で。

そのストーリーは、僕が最強の戦士として、極めて平穏な世界の中で日常的な暮らしをしていたところからスタートした。僕は、スーパーのレジに並んで、ごく普通に買い物をしていた。僕が、クレジットカードで支払いを済ませようとしたとき、突然、店員の不信な操作によって、巨額の支払い要求を受ける。当然、そんな請求はおかしいと抗議する僕と店員が口論になった。すると、その店員が突然変貌し、史上最悪の敵となり、僕に襲いかかってきた。

そこから、その敵と僕の激しいバトルが始まる。僕は苦戦し、その敵に殺されそうになる。その瞬間、僕は実は自分がその史上最悪の敵と同一人物であり、邪悪化してしまった現世の自分を倒すために過去からタイムマシーンで送り込まれてきたことを知る。吹っ切れた僕は、渾身の力で刀を振りかざし、邪悪化した自分自身を倒したところで目が覚めた。

夢の作用が何かというのは、議論が分かれる。フロイトの願望充足のためという考え、ユングの無意識に封印された意識が夢の中に現れるという考え。いずれにしても、夢というのが人間の心と密接な繋がりがあることは間違いない。僕が、この夢を見て受け取ったメッセージは、2つ。1つ目は、善と悪の境界線がいかに曖昧であるかということ。2つ目は、何かを成し遂げるためには自分が最大の的であること。何だか、これが意識のない僕から覚醒時の僕へのメッセージのようだった。目覚めた瞬間に、とても清々しい気持ちになったのは、寝不足のせいもあるだろうが、やはり夢には人間の精神安定剤としての機能があるのではないかと感じた。

と、実は、明日がRock Summer FellowshipのMonthly Reportの締切り。そろそろ、現実世界に戻って、課題を片付けよう。

感謝といういちばん大事な価値観

僕は、人としていちばん大事な価値観の1つは感謝という気持ちだと思う。ハーバードMBAにきても、この感覚はみんなと共有出来ていると感じているので、これは世界共通なんだと思っている。

凄く印象的だったのが、LEADというLeadershipの授業で担当教官が最後の授業で今ある自分(彼)がいかに 周りの支えの上にあるかということを話てくれた。そのとき彼が終止口にしていたのが、感謝の気持ちだった。彼の祖父の生い立ちから、父親の生涯、それに彼のこれまでの人生だ。その教授は、他のMBAでの指導経験はあったが、ハーバードMBAにきて始めて受け持ったのが僕らのクラスだった。彼は、そのTermでいちばん人気のある教官だったし、僕自身もいろいろと考えさせられる機会があった。

思えば、僕は小さい頃から両親にその大切さを徹底的に教えてもらっていたように思う。些細なことだが、“ありがとう”の一言を両親はとっても大切にしていたように思うし、僕もどんな状況であっても、それをきちんと言葉にして伝えることは意識してきたつもりだ。

今回、日本に約1ヶ月帰国しているが、本当にたくさんの人に助けられた。応援して人を紹介して下さった諸先輩方、約10日に亘って僕を泊めてくれた友人達、Japan Tripでお世話になった方々迄、枚挙に暇が無い。本当に、いろいろな人に支えられ、助けられていることを実感している。今、僕がハーバードMBAで勉強できているのも、新しい事業に向けて挑戦する機会を得ているのも、間違っても僕だけの力でどうこうなったものではない。そのことをずっと忘れずに、この感謝の気持ちをずっと大切にしたい。

<居候としてお世話になった友人の一人との一枚>
居候



Japan Trip - 素晴らしい日本

先日、ハーバードMBAの学生約60人を引き連れて日本に帰ってきた。その後の9日間は、想像以上に充実したもので、恐らく僕がハーバードMBAに来てから最高の時間だったと思う。僕たち幹事にとって最高の時間だっただけではなく、日本に来てくれた学生からも、「本当に最高の時間だった」、「幹事団の存在なしでは今回のような経験は絶対に出来なかった」という賛辞を頂いた。みんな日本の大ファンになって帰ってくれたと信じている。

Yakatabune


ハーバードと言えば競争的なイメージかもしれないが、僕たち日本人学生は最高に仲が良い。ハーバードMBAの卒業生からも君たちの結束は素晴らしいと太鼓判を押されたほどだ。今回のJapan Tripが大成功に終わったのも、僕はこの結束の賜物だったと思う。このJapan Tripは、京都・広島・箱根・東京を9日で回るという弾丸ツアーで、禅・舞子体験、金閣寺・清水寺参拝、原爆ドームでのドキュメンタリー、温泉とカラオケ、宴会芸、政治経済界の要人との面談と日本の歴史や文化を凝縮した内容だった。僕は、時差ぼけと高揚感からJapan Trip中はあまり眠れず、終わったときには本当にクタクタだった。

箱根
写真の中央に座っている長髪の女性?が僕・・・・。


一緒に旅行して周った学生から欧米とは大きく異なる日本独特の文化や価値観はどのようにして形成されたのかという質問を何度も受けたので、久しぶりにこれについて考えさせられた。僕は、現代日本人のルーツは、やはり武士道にあると思う。これについてもっとも分かり易く解説しているのが、新渡戸稲造の武士道だろう。この武士道は、日本人が取り立てて明文化することなく継承してきた道徳や価値観について分かり易く解説している。この中には、新渡戸稲造の含蓄のある言葉が詰まっているが、例えば、こんな具合だ。

武士の教育において守るべき第一の点は品性を建つるにあり。
信実と誠実となくしては、礼儀は茶番であり芝居である。
真の学問は筆記できるものではない。真の学問は行と行との間にある。

僕も、この本は前に読んでから10年以上経っているので実家の倉庫から探し出してもう一度読もうと思う。

姿勢の大切さ

最近、実家に帰っているので、就寝時間が早く、夜中に目が覚めてしまうことが多い。ぼーっと過ごすのは好きだが、今日は少しそれも勿体ないと感じるので、僕が人生において常々大切だと思っていることについて書きたい。

これまで何度か触れてきたが、僕は自分が全て責任を取るという覚悟と自負を持って生きる事が大事だと思っている。そういう風に考えると人を責めたり出来ないし、自分の周りで起こる全てのことの責任が自分にあると整理できる。こうなると人生で起こる全てのことが自分にとっての学びの場となる。僕の今まで読んできた本の中で、凄く印象に残っているものに稲森和夫の「生き方」がある。この中で彼は、人生・仕事の成果というのは、考え方X情熱X能力だと説いている。僕もその通りだと思う。僕の言う「自分が全て責任を取るという覚悟と自負を持って生きる事」というのは、僕なりの考え方の解であり、僕はこれを考え方ではなく姿勢と良く表現している。前職では、基本的にはチームで仕事をしていて、後輩の面倒をみることも多かったが、とにかく僕が伝えたかったのはそういう姿勢で生きる事であり、「努力が唯一自分で道を開く方法」だと熱弁していた。

生き方


そもそも、どうしてそういうことを考えるようになったかと言うと、根っこには昔からの自分のテーマであった自由の追求というのがあったと思う。僕は、中学生くらいの頃から自由を追求したいと考えるようになり、究極的な自由を得る為には究極的な責任を取る必要があると考えるようになった。今の世の中で究極的な責任を取ることが出来るのは、自分で会社を設立し、経営することだと思っている。これも実は、僕が昔から起業をすることに拘ってきた一つの理由だ。

実は、MBAの受験審査官というのも、稲森和夫の言うところの、考え方X情熱X能力を見ているのだと思う。特に、ハーバードMBAではエンロンやリーマンショックに大きく関与している人間の多くが同MBAの出身者だということもあり、最近は前半の「考え方」や「情熱」に比重をおいているのではないかと思う。この考え方はエッセイで、情熱はインタビューで、能力は学業と仕事の成果を見る事で結構分かるものだ。僕も、受験者のエッセイを見る機会も増えてきているが、最後に合否を分けているのは、この考え方ではないかと思う。これからMBAを受験する方は、この考え方についてじっくり考えて頂いてはどうかと思う。
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