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僕は、昔から夢(寝ているときに見る夢)を見ることが大好きだった。現実世界とは完全に切り離された世界に自分を無意識に存在させることが出来る、その創造性と非現実性に魅力を感じるせいかもしれない。あまりに好きだったので、高校生の頃、夢の本を好んで読んでいた時期がある。その頃は、フロイトの夢判断を読んで、「夢とは願望充足のためのもの」という解釈のもと、同級生の夢の話を片っ端から聞いては夢診断をしていたことが懐かしい(ちょっと迷惑な高校生?!)。僕は、その頃から、夢にはある種の精神安定剤としての機能があると思っている。

夢判断


どうして急に夢の話になったかというと、さっきまでうたた寝(まだ、時差ぼけが抜けきれておらず・・・)をしていて久しぶりに示唆に富んだ夢に遭遇したからだ。これがまた不思議な感じでBleachという日本の漫画と自分の現実世界が融合したような世界の中で。

そのストーリーは、僕が最強の戦士として、極めて平穏な世界の中で日常的な暮らしをしていたところからスタートした。僕は、スーパーのレジに並んで、ごく普通に買い物をしていた。僕が、クレジットカードで支払いを済ませようとしたとき、突然、店員の不信な操作によって、巨額の支払い要求を受ける。当然、そんな請求はおかしいと抗議する僕と店員が口論になった。すると、その店員が突然変貌し、史上最悪の敵となり、僕に襲いかかってきた。

そこから、その敵と僕の激しいバトルが始まる。僕は苦戦し、その敵に殺されそうになる。その瞬間、僕は実は自分がその史上最悪の敵と同一人物であり、邪悪化してしまった現世の自分を倒すために過去からタイムマシーンで送り込まれてきたことを知る。吹っ切れた僕は、渾身の力で刀を振りかざし、邪悪化した自分自身を倒したところで目が覚めた。

夢の作用が何かというのは、議論が分かれる。フロイトの願望充足のためという考え、ユングの無意識に封印された意識が夢の中に現れるという考え。いずれにしても、夢というのが人間の心と密接な繋がりがあることは間違いない。僕が、この夢を見て受け取ったメッセージは、2つ。1つ目は、善と悪の境界線がいかに曖昧であるかということ。2つ目は、何かを成し遂げるためには自分が最大の的であること。何だか、これが意識のない僕から覚醒時の僕へのメッセージのようだった。目覚めた瞬間に、とても清々しい気持ちになったのは、寝不足のせいもあるだろうが、やはり夢には人間の精神安定剤としての機能があるのではないかと感じた。

と、実は、明日がRock Summer FellowshipのMonthly Reportの締切り。そろそろ、現実世界に戻って、課題を片付けよう。
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決意表明!

ボストンに帰国後、ニューヨークに行ったり、引っ越ししたりで随分とバタバタしていたが、あと数日で漸く落ち着きそうだ。日本帰国中に、Nature関連で色んな方とお会いさせて頂いたが、今後の本格的な事業化の可能性にそれなりの手応えを感じる結果だった。ここからは、いかに早く商品をマーケットに投入し、フィードバックと改善というサイクルを高速で回し、競争優位性を確保して行くかということが勝負になる。

日本では、それほど浸透していないと思うが、ハーバードMBAでも徹底的に叩き込まれ、アメリカのスタートアップの業界では常識になっているものにLean Start Upというものがある。これは、製品開発の段階でマーケットとのフィットを上手く導くまでは、極力商品をデフォルメ(簡易バージョン)した形で市場に投入し、顧客からのフィードバックを得て改善しながら市場にフィットした商品を開発して行くという手法だ。商品を完成系で市場に投入し、そこから軌道修正をしていくよりも圧倒的に改善のスピードが早く、初期コストも抑えられるのでスタートアップの会社には極めて適合性が高いアプローチだ。

その第一歩として、今、まさにNatureでもプロトタイプを作っているところだが、明後日(6月30日)から7月末(7月29日)までの間の30日間を掛けて自身でソフトウェアの部分(デモ用の機能の実装まで)を開発することにした。開発効率を上げるために、27インチのiMacも購入(が、まだ、到着しておらず・・・。待ち遠しい!)!もともとプログラミング自体は、13歳のときにスペースインベーダーをBasicという昔なつかしの言語で作ってからスウェーデンでComputer Scienceの修士号を取るまで得意分野ではあったが、いかんせんブランクが長いので一から勉強する覚悟で望みたい。

プログラミング


ある技術者の方から、その様子を毎日ブログに更新してはどうかというご提案を頂き、確かにそれは面白い!と思ったので、6月30日から出来る限りその試行錯誤の様子を毎日このブログを更新して行きたい。

ハーバードMBAの本当の凄さ

約1ヶ月の日本滞在を終えて、漸くボストンに戻ってきた。短い時間だったが、本当に濃密な時間を過ごすことが出来た。これも支援して下さった皆さまのお陰以外のなにものでもない。

帰国時にお世話になった商社の先輩であり、ハーバードMBAでの先輩でもある先輩と飲む機会があり、ハーバードMBAの本当の魅力について熱い議論をさせてもらった。そこで意気投合したのは、ハーバードMBAが本当に凄いのは、資本主義の権化とも言われるこの学校の徹底した「仕組み」であるということであり、その洗練された仕組みを2年間体感することに大きな価値があるということだ。では、その実態がどういうものかということを少し解説したい。

何となくケーススタディというものを理解されている方は、多いと思うが、ハーバードでいかにしてケーススタディを教えているかということを知っているのは、実際にこのケーススタディを経験した方くらいだと思う。ハーバードでのケースの教え方には、徹底的に学生の学びというアウトプットを極限かする仕組みが出来ている。

まずは、学生の観点。成績の50%が授業での発言で評価される。当然、ケースを確り読んで準備した生徒がこの発言点においては有利である。恐らく、話を聞いていればその生徒がどの程度ケースを読み込み、思いを巡らしたかというのは分かる。また、逆に他の学生の発言を聞く場合も、事前に準備を徹底している方が理解が深いし、記憶にも残りやすい。残りの50%は、期末試験かレポートであるが、これは包括的に学習内容を理解しているかのチェックになっている。つまり、授業で扱う特定の分野に精通していたとしても高い評価は得られない。そういう風に期末試験は出来ている。

次に、教授。ハーバードMBAに来て驚いたのは、教授陣の質の高さと熱心さだ。授業における準備という意味では、教授が学生のそれを遥かに上回る。どんな発言が生徒から出てきても、収束点を目指して、全体の議論を誘導するその力は、圧巻である。それに加えて、学生からの質問や訪問にたいして熱心に指導してくれる。僕も、何度も教授のオフィスに足を運んでいるが、常に快く受け入れてくれるし、15分~30分という短い時間だが、極めて有益なアドバイスをもらっている。

この学生と教授もお互いに評価し合う仕組みになっている。学生は、当然教授から成績を受け取るし、それ次第では、退学処分になることもある。教授も、学生から期末に評価を受けて、それが良くないと昇進出来ない。ここまで徹底した仕組みがあるから、その学習効果は想像以上に凄い。僕自身も、正直ケースによる学習効果については懐疑的だったが、日本に帰国し、色んな人とビジネスの話をする上で、思った以上にこの1年で鍛えられたなということを実感した。

次に、ハーバードMBAではフィードバックを極めて重視しているし、その改善のサイクルが凄い。例えば、とあるカリキュラムで学生から同様のクレームが多数入った場合に、その問題点は翌年にはもう存在しないのだ。そのペースで、学校側は軌道修正して、最適なやり方を模索している。正に、超優良起業並のスピード感がここにはある。

最後は、やはり機会の提供だと思う。ケースで取り扱った内容の当事者が授業に来る事は日常茶飯事だし、その後に昼食会に参加することも出来る。人気のあるゲストの場合は、抽選になるが、そこでは、より込み入った質問をすることが出来る貴重な機会だ。多い授業では、恐らく取り扱うケースの50%近くの当事者が学校に来てくれたのではないか。

それだけではなく、授業後にCEOが講演に来てくれることもあるし、祝日に学生主催のコンファレンスでゲストスピーカーとして早々たる面々が参加することもある。つまり、世の中で活躍する経済界の方々と接点を持つということにおいてこれほどの機会は他にないと思う。

CEO Speach


僕は、この学校では、今、「会社を経営する人材育成」から「価値を創造する人材育成」に舵が切られているのではないか、と感じ始めている。これまでのような典型的なコンサルや金融系のバックグラウンドの人でさえ、本当の自分を模索しようとハーバードMBAに来ている人も多い。特に、超優良のPrivate Equity Firmを退職し、金融は本当に自分がやりたいことではなかった、本当に自分がやりたいことを探しにMBAに来ているという人が結構いる。これは学校側がそこにより強い焦点を当てているというのもあるが、そういう人間を取っているということが大きいと思う。僕も、昔のハーバードMBAのことは分からないので昔のことは何とも言えないので、人伝に聞いた印象の範疇でしかない。

I Scramble


つまり、何が言いたいかと言うと、ハーバードMBAとは、ビジョンと夢を持った(又は探している)学生の集まる場所であり、それを実現する最高の機会を提供してくれる場所であるということだ。そういう高い志を持った日本からの受験者が今後どんどん増えてくれればと思う。

感謝といういちばん大事な価値観

僕は、人としていちばん大事な価値観の1つは感謝という気持ちだと思う。ハーバードMBAにきても、この感覚はみんなと共有出来ていると感じているので、これは世界共通なんだと思っている。

凄く印象的だったのが、LEADというLeadershipの授業で担当教官が最後の授業で今ある自分(彼)がいかに 周りの支えの上にあるかということを話てくれた。そのとき彼が終止口にしていたのが、感謝の気持ちだった。彼の祖父の生い立ちから、父親の生涯、それに彼のこれまでの人生だ。その教授は、他のMBAでの指導経験はあったが、ハーバードMBAにきて始めて受け持ったのが僕らのクラスだった。彼は、そのTermでいちばん人気のある教官だったし、僕自身もいろいろと考えさせられる機会があった。

思えば、僕は小さい頃から両親にその大切さを徹底的に教えてもらっていたように思う。些細なことだが、“ありがとう”の一言を両親はとっても大切にしていたように思うし、僕もどんな状況であっても、それをきちんと言葉にして伝えることは意識してきたつもりだ。

今回、日本に約1ヶ月帰国しているが、本当にたくさんの人に助けられた。応援して人を紹介して下さった諸先輩方、約10日に亘って僕を泊めてくれた友人達、Japan Tripでお世話になった方々迄、枚挙に暇が無い。本当に、いろいろな人に支えられ、助けられていることを実感している。今、僕がハーバードMBAで勉強できているのも、新しい事業に向けて挑戦する機会を得ているのも、間違っても僕だけの力でどうこうなったものではない。そのことをずっと忘れずに、この感謝の気持ちをずっと大切にしたい。

<居候としてお世話になった友人の一人との一枚>
居候



東日本大震災 - 気仙沼

今日、僕は、宮城県の気仙沼という街に行ってきた 。東日本大震災で大きな被害を受けた街だ。ずっと前から、来よう、来ようと思っていたが、恥ずかしながら、それから4年も経ってしまった。

気仙沼


気仙沼市は、随部と復興が進んでおり、表面的には当時の津波の襲った生々しい爪痕は随分と影を潜めていた。が、その後の気仙沼線での陸前戸倉までの移動で、地域やその経済の復興という意味では、全く別の話であったことを痛感した。気仙沼線の気仙沼から柳津の間は、津波により線路が継ぎ接ぎの状態になり、その後をBRT(Bus Rapid Transfer。線路があった場所に道路を敷設し、バスを走らせているもの)というシステムで代替している。これまでは、2時間に1本しか電車がこない不採算路線だったので、JRとしても修復にお金がだせず、取りあえずバスで 代替しているらしい。気仙沼線上の多くの住民も被災して、山の手の方に住居を移しているようだ。

東日本大震災が東北地方を襲った当時、僕は東京のオフィスにいた。それも、かなり偶々そこに居合わせたという感じだった。その時、僕は複数の発電所の入札案件を抱えており、ほとんど日本にいなかった。地震の数日前に帰国し、地震の翌日には日本を発っていた。その当時は、会社生活を振り返っても最も多忙な時期だったと思う。東南アジアで最大の火力所入札案件を担当する傍らで小型の案件を先輩と2人で追いかけていた。その頃、その先輩と、 やることは尽きないが体が保たないのでこの辺で帰ろうという話を毎晩していたことを良く覚えている。

東日本大震災のニュースは、僕はかなりリモートでインドネシアのホテルの部屋で見ていた。とても不思議な感覚だった。自分の国がこれだけ電力の問題で悩んでいる中、僕は他国の電力案件に忙殺させられているのだ。この頃から、僕は日本の電力問題の解決のために何かしたいと考えるようになった。それも、あくまで自分の興した会社を通じて。起業することは、僕の将来設計の大前提で10代の頃からそれは決めていた。

東日本大震災は、僕にとっても凄く大きな影響のある出来事だったし、自分自身でその生々しい実態を自分の目に確りと焼き付けたおきたいと思っていた。そういう意味では、僕が気仙沼に来たのはちょっと遅過ぎた。幸いなことだが、あのテレビニュースで毎日取り上げられていた気仙沼の姿は、もうなかった。震災後数年間は、仕事やMBA受験で目が回るような日々を過ごしていたというのは事実だが、それも言い訳でしかない。やると決めたらすぐに行動に移す、今後は、これをもっと徹底したい。

「会社」を経営したいのか、「価値」を創造したいのか

起業家として経営者として、会社の方向性を判断する上で自分の価値観に委ねる機会はごまんとあると思う。その究極的なものにビジネスの追求と美学(ある意味では、自己満足)の追求というものがある 。僕は、このテーマについて親父とこれまで20年に亘り、話をしてきたし、自分なりの整理はついていると思っていたが、実はまだ整理しきれていないことにある優秀な起業家との出会いで気付かされた。

今でも良く覚えている。僕が、12〜13歳の頃、僕の親父が念願叶って買った中古の白いポルシェで グリーンラインという地元の峠を走らせているときだった。親父は、おもむろに僕に聞いてきた。「ビジネスだと割り切ってある程度は顧客の要求に沿った絵を描く画家」と「貧乏でも顧客に迎合することなく自分の哲学を貫いた絵を描き続ける画家」がいたとすると、お前はどっちになりたいか、と。

ゴッホ


その時の僕は、何も迷いもなく、後者だと答えたのを鮮明に覚えている。そもそも、僕は自分の美学・哲学を考えたときに、前者というのはあり得ないと思ったし、そんなことを聞く親父にうっすらと憤りすら感じ、熱くなって回答したことを覚えている。これは、僕は、ある意味では究極的な課題だと思っていたし、その後もずっと僕の頭をグルグル回り続けるテーマだった。

実は、親父の画家の話は、親父自身が起業家・経営者として直面していた岐路を12〜13歳の僕に分かりやすくデフォルメして問うたものだった。その後、僕が、日本・アメリカ・スウェーデン(インターンではインドでも)で情報工学を勉強し、総合商社において色々な事業モデルを見ていく中で「ビジネスだと割り切ってある程度は顧客の要求に沿った絵を描く」ことは、「貧乏でも顧客に迎合することなく自分の哲学を貫いた絵を描き続ける」ことの手段になり得ると考えるようになった。

それが、昨日、その優秀な起業家の方に、 僕の考えていたことはあくまで理想論であり、究極的には会社を経営する中でどちらかを選択する必要があるとのご指摘を受けた。言い換えると、「会社」を経営したいのか(ただ、絵を描き続けたいのか)、「価値」を創造したいのか(画家としての美学を追求した絵を描きたいのか)、自分の起業家・経営者としての価値観がどこにあるのかだということだと言う 。彼のこれまでの経験の中で、そういう判断をしてきたし、その中で自分の方向性が研ぎすまされてきたと。

僕は、まだ会社を立ち上げたばかりなので、本当に僕の考えが単なる理想論でしかないのかは分からない。ただ、8年間会社を経営してきた彼の言葉には相当な重みがあり、貴重なアドバイスとして僕が今後直面するであろう究極な選択に向けてスローブレインを最大限に回転させ準備しておきたい。僕にとってのその答えは、明確だろう。でも、もう一度整理しなおしたい、それくらい大事なテーマだと思う。

言葉に見え隠れする感性という能力

分かるようで分からない、何となく得体の知れない能力に感性というものがある。これは簡単に計れるものではなく、比較することすら難しい。ただ、僕はこの感性という能力は何をやる上でも極めて重要だと思っている。

僕は、中学生の頃、作詞にはまっていたことがある(残念ながら、僕には音楽的 才能が無く、作曲は出来なかったので、作詞のみ)。その頃は、四六時中そんな作詞のことばっかり考えていたので、毎日提出することが義務づけられていた連絡ノート(確か、その日に起こったことや反省等を書いて毎日担任教師に提出するもの)には、流行っていた歌謡曲のお気に入りのフレーズを書いてやり過ごしていた。僕が通っていた公立中学校の担任教師は、そんな僕の意味不明な連絡ノートにかなり真摯なコメントを付けて返してくれていたことを 覚えている。

僕がこれまで聞いた歌謡曲の中でいちばんの気に入っている歌詞は、Yen Town Bandの「Swallowtail Butterfly」だ。この曲は、Swallowtailという映画の主題歌であり、その映画で登場するBandの曲でもあった。作詞は、Swallowtailの監督を勤めていた岩井俊二、ボーカルのChara、作曲・編曲を手掛ける小林武史の共作によるものだった。ちょっと普通の歌謡曲の歌詞と異質さを感じるのは、流石映画監督という感じの世界観がそこにあるからかもしれない。凄くシンプルの言葉で直感的なイメージを伝わってくる。僕のいちばん好きなのは、「止まった手のひら ふるえてるの 躊躇して」という冒頭のフレーズ。この情景描写によって、心情が脳裏に彷彿させられる。

Swallowtail Butterfly

もう少し最近のものでは、宇多田ヒカルの「Flavor of Life」。宇多田ヒカルは、「花より男子」という少女マンガを読んで、主人公の心情を「ありがとうと 言われると なんだか切ない」と表現している。 あの少女マンガを読んでそんな表現が出来る宇多田ヒカルの感性は凄い。

結局、現代人の僕らは言葉を使って自己表現をしているので、その人の感性も、その人の使う言葉から読み取ることになる。僕は、 人を引きつけるリーダーはこの感性が豊であり、それが故に彼らの言葉には力があると思う。

実は、これはMBAのエッセイでも極めて重要なところであり、一朝一夕でどうにかなるものでは到底ない。力のあるエッセイというのは、著者の豊かな感性を感じさせるものであり、他の誰でもないその人固有の世界観が伝わってくるものだ。僕も、最近はエッセイを読ませてもらうことが増えているが、この感性の差は結構大きいと思う。

僕も、この感性を確りと磨いて行きたい。

日本の美容業界の可能性

日本に帰国してから約3週間が経とうとしている。久しぶりの日本で(前回の帰国は、奨学金の授賞式がメインの弾丸帰国だったので)、何かビジネスのネタがないかと新鮮な目で色々と意識的にみるようにしてきた。その中で、大きなポレンシャルがあると感じているのが、日本の美容業だ。美容業と言っても広いが、より具体的には散髪・整髪に大きな可能性を感じている。

なぜか?

まずは、供給側の状況から。日本の美容室のサービスクオリティは海外と比較しても抜群に高い。特に、東京の表参道にある名前の通った美容室は、世界でも最高水準では無かろうか。海外に住んだことがある方なら良くお分かりだと思うが、海外で日本の美容室と同じクオリティの美容室を探すのは至難の技だ(勿論、海外で活躍されている日本の美容師の方もいるのは事実)。僕は、東京ではBeatriumという美容室でお世話になっていたが、髪型を立体と捉え、はさみを入れる角度・深みを見極め、スキバサミで立体を微調整し、パーマによりアクセントを付ける。細かいところまで拘る日本人の特性を凝縮したような技術が確立している。実際に、ヘアカットの世界選手権では日本の美容師が大活躍をしていると聞いたこともある。一方で、日本のヘアサロンが海外に進出している事例はそんなに無いように思う。昨日伺った表参道の美容師さんも、表参道の有名店が海外に進出しているという話はあまり聞いたことがないと言っていた。

そういう日本人の高い散髪・整髪技術は、実は日本人以外の間でも認識され始めている。僕が、スウェーデンにいた頃でもファッションに拘りのある中国人の女友達からは日本人の美容師を紹介して欲しいと良く頼まれていたし、ボストンでは中国人のみならずインド人のクラスメートからも同じ依頼を受けた。需要側が海外在住の日本人のみであれば市場規模も限定されるが、中国人やひいてはインド人までを引きつけることが出来れば相当な市場を狙う事ができる。

では、なぜ、日本の高い美容技術が海外に出ていないのか?

恐らく、言語の壁ということなのではないか。確かに、英語を自由に操る美容師さんは少ないかもしれない。だが、お客さんと美容師さんの間で究極的に必要なやり取りは髪型のイメージを伝えることくらいだ。これは、言葉が達者でコミュニケーションが出来たとしても極めて難しい会話だ。僕は、良く自分のやりたい髪型に近いイメージ写真を見せている。これが、いちばん効率的であり、確かな方法だと思う。もし、仮にこのやり方で髪型のイメージを共有出来れば、言語の壁は超えられると思う。当然、海外で暮らす事になれば美容師さんも英語を勉強されるだろうし、必要に迫られれば日常会話程度はすぐに習得できるのではないか。

何が課題になりうるか?

海外に出る事に興味のある日本人の美容師さんがどの程度いるのか僕には分からない。日本のファッションは、海外のファッションの影響を強く受けているので、恐らく、意識の高い美容師さんであればあるほど海外に出ることには興味があるように思う。それなりに数は集まるのではないか。あとは、ビザや規制の問題が残る可能性はあるが、そこは恐らく解決策はあるだろう。

残念ながら、美容業界の海外進出支援というのは、僕の目指すところではないが、美容と起業に興味のあるバイタリティに満ちた日本人女性にこのあたりは是非開拓して頂きたい。そんなことをつらつらと考えつつ、僕も、久しぶりに髪型に少しアクセントを!

日本の美容室


総合商社という日本最大のビジネススクール

ハーバードMBAに来て、又、自分で事業を始めて常々感じるのが、前職の総合商社で自然と学んできたことの多さだ。

僕は、日本の総合商社というのは、日本経済を支える日本固有の事業体であるのみならず、日本最大のビジネススクールであると思っている。総合商社の離職率は、他業界と比べても圧倒的に低く、社内で若手を教育する文化・仕組みが根付いている。僕の場合は、入社当時からいつかは起業することを公言していたにも関わらず、沢山の諸先輩から熱心にご指導頂いたことには本当に感謝している。

では、具体的に総合商社で何が身に付いたかというと重要なのは大きく分けて以下の3つだ。

気配りの大切さ
商社に入社して、僕が、いちばん最初に徹底的に教育を受けたのが、「気配り」の大切さとそれを体現する所作法だと思う。正直言って、総合商社の気配りは世界最高水準であり、どこに言っても通用すると確信している。気配りというのは、徹底的に相手の目線で物事を考え、最善の配慮・支援をすることである。先日のJapan Tripにおいても、僕らは一丸となり最大限の気配りでおもてなしをさせもらった。大した話ではないが、Japan Trip中に参加者との食事の席で「水が欲しいな・・・」と小声で呟いていたのを聞いて、即座に水を差し出したところ、殆ど聞こえないような声で呟いていただけなのにどうして水が欲しいと分かったのかと大変感心してくれた。そういう相手への気配りは、日本人の得意分野であり、どこに言っても喜んでもらえる所作法だと思う。総合商社では、そういう諸動作を徹底して鍛えてもらった。

社長としてのマインドセット(Ownership)
これは、特に、僕がインフラ部隊で仕事をしていたときに感じたのだが、上司が部下に対してOwnershipを芽生えさせ、育てるための機会を与えることを真剣に考えていることだ。僕は、総合商社にいる間は、理想的な社員としてのあり方について追求し、体現しようと 考えていた。将来、会社を経営する側にたったときに、どこまで社員に期待すべきか、出来るのか、自分で極限を追求することで見定めたかったというのもあったと思う。僕の解は、社長と同じ全社の目線で物事を考え、判断することが理想的な社員のあり方というものだ。そのためには、社長同様に会社としての究極的なOwnershipを社員個人が感じる必要がある。インフラ部隊で徹底的に教育されていた、「自分の力で考え判断させるというアプローチ」は、会社として社員個々人に社長としてのマインドセットを叩き込む1つの解だったと思う。

財務・会計・法務
最後に、財務・会計・法務というハードスキルだ。僕は、事業投資先の管理で会計を、発電事業への新規投資・買収案件で財務や法務の基礎と実践を仕事をしながら吸収出来たと思う。アドバイザーを使ってアドバイザーから吸収したこと、事業パートナーから悔しい思いをさせられながら負けるものかと勉強することで吸収出来た事、適宜的確な助言をもらうことで上司や先輩から学んだこと、日々勉強し、新しい何かを吸収する機会は其処ら中にあった。

こういったソフト・ハードスキルは、この1年を通してビジネススクールでの学びと重なるものも多分にあった。僕のハーバードMBA同期では、総合商社の出身者が過半を占めているが、そういう総合商社で身につけられる商人としての基本的な素養がハーバードMBAでも一定の評価を得ているのかもしれない。

鎌倉での打ち合わせの道中にて。

Kakakura

Japan Trip - 素晴らしい日本

先日、ハーバードMBAの学生約60人を引き連れて日本に帰ってきた。その後の9日間は、想像以上に充実したもので、恐らく僕がハーバードMBAに来てから最高の時間だったと思う。僕たち幹事にとって最高の時間だっただけではなく、日本に来てくれた学生からも、「本当に最高の時間だった」、「幹事団の存在なしでは今回のような経験は絶対に出来なかった」という賛辞を頂いた。みんな日本の大ファンになって帰ってくれたと信じている。

Yakatabune


ハーバードと言えば競争的なイメージかもしれないが、僕たち日本人学生は最高に仲が良い。ハーバードMBAの卒業生からも君たちの結束は素晴らしいと太鼓判を押されたほどだ。今回のJapan Tripが大成功に終わったのも、僕はこの結束の賜物だったと思う。このJapan Tripは、京都・広島・箱根・東京を9日で回るという弾丸ツアーで、禅・舞子体験、金閣寺・清水寺参拝、原爆ドームでのドキュメンタリー、温泉とカラオケ、宴会芸、政治経済界の要人との面談と日本の歴史や文化を凝縮した内容だった。僕は、時差ぼけと高揚感からJapan Trip中はあまり眠れず、終わったときには本当にクタクタだった。

箱根
写真の中央に座っている長髪の女性?が僕・・・・。


一緒に旅行して周った学生から欧米とは大きく異なる日本独特の文化や価値観はどのようにして形成されたのかという質問を何度も受けたので、久しぶりにこれについて考えさせられた。僕は、現代日本人のルーツは、やはり武士道にあると思う。これについてもっとも分かり易く解説しているのが、新渡戸稲造の武士道だろう。この武士道は、日本人が取り立てて明文化することなく継承してきた道徳や価値観について分かり易く解説している。この中には、新渡戸稲造の含蓄のある言葉が詰まっているが、例えば、こんな具合だ。

武士の教育において守るべき第一の点は品性を建つるにあり。
信実と誠実となくしては、礼儀は茶番であり芝居である。
真の学問は筆記できるものではない。真の学問は行と行との間にある。

僕も、この本は前に読んでから10年以上経っているので実家の倉庫から探し出してもう一度読もうと思う。
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